ニュース

【コラム】「自分の決断が正しくなるように/杉岡達也」 

new_エスペレーザ

「自分の決断が正しくなるように/杉岡達也(東京都チャレンジEspeleza Futsal Club監督)」

【2010年5月~】

世間がGWで賑わう最中、私は半年間に渡る入院生活に別れを告げました。
車椅子ではなく、松葉杖に頼りながら、加重が可能となった左足で、自分の足で、歩いて。
いつかの絶望感は面影もなく、心の中は目標や希望で溢れていました。

早く社会復帰して、両親を安心させたい。
お世話になった方々に、自分の足で歩いて感謝を伝えに行きたい。
もう一度『フットサル』がプレーできる可能性を模索したい。

「もう2度とフットサルはできない」と宣告されてから約3ヶ月。
一時は『フットサル』という言葉すら聞きたくなかった私を、様々な「縁」が少しずつ、少しずつ、溶かしていってくれました。

共に入院生活を送るルームメイトには、様々な方がいました。
下半身不随になりながらも、「医療の進歩ってすごくないですか?自分もいつか歩けるんじゃないかって、医療の進歩に期待してるんすよ」と、いつも明るく立ち振る舞っていた方がいれば、全身が不自由で、「いいよね君は、骨折だけで。いつかは普通に暮らせるんだろ。」という何も返せない言葉をかけてくる方もいました。
このリハビリ専門の病院内における私は、他の方と比べものにならないほど、軽度の患者でした。

3月ごろには、私にとって初めての外泊となる機会がありました。
プレーヤーを引退していたにも関わらず、スタッフとして登録をしていてくれて、東京都3部参入戦のベンチに入れてくれたエスペレーザフットサルクラブ。
花嫁にとってこれ以上なく大切な結婚式であるにも関わらず、車椅子の私の出席を快諾してくれた元職場の友人。
この2つのイベントがあったからこそ、急ピッチでリハビリをするモチベーションが芽生えました。

もちろん、週末は寝転がっている暇がないほど、絶え間なくお見舞いに来てくれた友人達に、『フットサル』を通じて仲良くなった方々の存在。
そして、遠くまで毎週毎週、お見舞いに来てくれて、少しずつ笑顔を取り戻してくれた両親の存在。
これらの「縁」があったからこそ、私は前だけを向いて、退院できたのだと思います。

ただ、退院できたからと言って、そのまま普通に生活できる訳ではありません。
10分も歩き続けられない私は、自宅でもリハビリを続ける必要がありました。

リハビリ生活を送る私にとって、とても重要な2人の先生との「縁」を紹介します。

1人は、フットサルを通じて知り合った整骨院の先生。
お互いの素性もあまり知らない間柄だったにも関わらず、事故の事を聞いてお見舞いに駆け付けてくださいました。
退院後は「またフットサルやるぞ」と言って、リハビリや病院の紹介など、私にとってプラスになることを何でもしてくれました。
まさかこの先生からのつながりで、後に紹介するK9PROJECTとの出会いがあるとは、この時、思ってもみませんでした。

もう1人は、幼稚園から小学校卒業までの間、私に柔道を教えてくれていた接骨院の先生。
私が家の近くで足を引きずりながら歩いていると、突然聞き慣れない声で呼び止められたのが、この先生との再会でした。
レントゲンを見せ、これまでの経緯を説明したところ、「誰が何と言おうが、俺は達也が走れるようになると思ってるし、フットサルだってやれると思ってる。達也が頑張るなら、俺は協力する。あとは達也が俺を信用するかどうかだけど、どうする?」という言葉が返ってきました。
信じる以外の選択肢はありませんでした。

リハビリを続けてきた現在の私は、エンジョイレベルのフットサルであれば、プレーできる状態にまで回復しています。
もちろん、足関節骨折の影響により、右足に鈍痛があり、思い通りに走ることはできません。
また、いくつもの病院を訪ねるうちに、腓骨神経麻痺も発覚し、右足の親指が動かないため、思い通りにボールを蹴ることもできません。

「もう2度とフットサルはできない」と宣告した先生と、「絶対にまたフットサルができる」と勇気付けてくれた先生。
きっと、どちらも間違っていなくて、どちらの存在も必要だったと、今は思えます。

私は多くの医師から、自身の身体に関する多くの診断結果を教えていただきました。
でもそれはあくまで判断材料で、自分の限界を決めるものがあるとすれば、それは自分自身の意志でした。
足関節を固定するのも、保存療法をするのも、私自身が決めること。
リハビリを続けるのも、やめるのも、『フットサル』をプレーするのも、プレーしないのも、私自身が決めること。

何が正しくて、何が間違っているかなんて、誰にも分からない。
理屈じゃ考えられないことを叶えてきた自分だからこそ、決断できることがある。
何より、自分が決断したことが正しくなるように、全力を尽くすことができる。
私の可能性を信じて、全力を尽くすことを約束してくれた、尊敬する先生方のように。

私は選手に対して、同じようなことを求めます。
どんなプレーを選んだとしても、自分が選んだプレーが正しくなるように、全力を尽くすことを。
ピッチ上に迷いを持ち込まない。
セオリーがいつでも正解なわけじゃない。
そしてより良い結果を得るためには、毎日の積み重ね以外の近道はない。

指導者である私が選手に届けている言葉は、唯一の正解なんかじゃないと思っています。
選手が迷わないよう、より良い結果を得られるよう、背中を押しているだけ。
客観的に見えている部分を伝え、選手が自身を省みる、ちょっとした「縁」を作っているだけ。

もちろん、独りよがりなプレーを認めているわけではありません。
とは言え、選手が全て私の思い通りに動いていても楽しくありません。
今までできなかったプレーができるようになる。
想像を超えるプレーを見せてくれる。
そんな時はたとえ公式戦の最中でさえ、いつも鳥肌が立ちます。
その瞬間こそ、私にとって最大の喜びであり、私が伝えてきた言葉が正解であることを、選手が証明してくれているように感じています。

私自身、間違いを犯すことも多々ありますし、それこそ人生なんて他人から見れば間違いだらけです。笑
それでも、私はこの人生経験があって、本当に良かったと感じています。
そして、私が今日もやるべきことは決まっています。
自分の決断が正しくなるよう、全力を尽くすこと。
変えられない過去を悔やんでいるよりも、変えられる未来へ前進すること。
一つ一つ、一人一人との「縁」を大切にしながら。

今月も最後までお読みくださいまして、ありがとうございました。
毎月続けてお読みいただくことで、私がどんな経験をしていて、どんなことを大切にしているかという背景が分かってくると、ご理解いただける部分が増えていくと思っています。
このコラムがみなさんにとって何かの「縁」になるのであれば、それはとても幸せなことです。
来月は「縁」あって、相根澄さんが代表を務めるK9PROJECTに大変お世話になっていた時期のことなどについて、書いていこうと思います。
次回もまた、よろしくお願いいたします。